
Music Engraver
楽譜制作 /楽譜浄書とは:
作曲家の作成した手書きの楽譜や音楽データをコンピューターで編集し、綺麗で読みやすい楽譜を作る作業のことです。
現在は、楽譜作成ソフトを使用するのが一般的です。
私の場合、依頼によっては採譜(音楽を聴いて楽譜に音符として書きおこす作業)も行います。
五線の太さ、音符の大きさ、譜めくり(演奏中にページをめくること)のタイミングなどを考え、
演奏家が演奏しやすいように各楽器に合ったレイアウトをします。楽譜とは、いわば、曲を集約した地図のようなものなのです。
そして数式のように、全世界で通じる共通言語だということができます。
【舞台作品】
作曲家や指揮者の見るフルスコア(曲の全体地図)をまず作成し、それを元に、リハーサルピアノ譜(稽古用の楽譜*)や、本番で使用する各楽器のための楽譜(=パート譜)を作成していきます。
(*歌がある場合は歌と伴奏の“ピアノ-ボーカル譜”、歌がない場合はオーケストラをピアノに集約した“マスタースコア”)
楽譜は台本・演出とリンクしており、例えばパート譜には、役者さんや他のパートのミュージシャンが何をしているかといった、演劇の進行において重要な情報が記載されます。
楽器によって奏者と譜面台の距離も違うので、演奏する環境を聞いて、暗いオケピットでも見やすいように楽譜の縮尺を決めたり、事前にミュージシャンのだいたいの年齢を聞いて、年齢に合わせて音符の大きさを調整したりという最低限の配慮も必要です。
また、曲調によって、リズムが主体なのかメロディが主体なのか…奏者の目線の動向や 演奏時のカウントを想像して、
曲のテンポに合った譜めくりのレイアウトもしていきます。
舞台作品では、演奏家は常に両手が塞がっているうえ演劇の進行を考えながら演奏をするので、
ここというところで譜めくりができないと、ミュージシャンは演奏以外に余計な気を遣う始末になってしまいます。
【出版物】
楽譜の種類や作り方が、舞台作品とは異なります。出版物の楽譜制作には、基本的にグラフィックソフトを使用します。
出版社によって作って欲しいデザインや規格が異なり、シートの寸法やフォント、音符同士の距離、直線部分、曲線部分の線の太さやフォルムなどを細かく編集します。タイの丸みを削って綺麗なカーブを作ったりするので、ほぼ彫刻のような作業です。
今はグラフィックソフトがありますが、昔は全て手作業で行われており、カラス口という製図用のペンで一本一本五線を引き、
音符もひとつひとつハンコで押していたそうなので、1つでも間違えようものなら、また1からやり直しだったそうです。
出版社に打ち合わせに行った折に、実際に昔の浄書家が使用していたカラス口とハンコを見せてもらいましたが、ハンコを見ただけで気が遠くなりました。作曲家の手書きの譜面を誤解なく写譜するだけでも神経を使うのに、そういった精密な作業を一つの間違いもなくこなして一冊の楽譜ができあがっていたのですから、昔の楽譜は、楽譜そのものが1つの作品です。当時は「浄書で家が建つ」と言われるほど 浄書家は稀少な職人だったそうです。
活版印刷が時代と共にデジタルに切り替わっていったのと同じように、今は譜面もデジタルでのやりとりが主流です。
昔の譜面は人の手で作られた温度が伝わってきて、まるで版画を眺めているようです。デジタル譜面は、変更が利くこと、また、離れている人へもデータとして送信できるのでやりとりも非常にスピーディーであること。
アナログにはアナログの良さ、デジタルにはデジタルの良さがあります。純粋に演奏と記録の為に楽譜が作られていた時代から、音楽の需要と意味合いが、時代と共に変化したことも伺えます。
今でも出版社は浄書家に対して「作り手」という考え方があり、クレジットには表紙のデザイナー等と並んで浄書家の名前が記載されます。
敬愛する音楽家が私に言ったことは、今でも、浄書の仕事をする際の座右の銘になっています。
「譜面が汚いのは、忙しすぎるんだよ。
音楽って、そういうものじゃないんだ。
藝大なんか卒業しても意味がないと
僕は当時から思っていたけれど、
ひとつだけ
藝大で大事なことを教わったと思うのが
“譜面は、人に見られるものだから、
綺麗に書かなければならない。”ってこと。
唯一、それだけは、良いことを教わったなぁ
って今でも思うよ。」
そして、仕事を依頼してくれるときに いつも私に言った。
「じゃ、よろしくね。浄書屋さん。」